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そして冒険を続けよう。

前略 SMAPの皆様

 

元気にしてますか。

体調を崩してはいませんか。

心休まる時間はしっかり取っていますか。

 

私はいま、そんなことばかりが心配です。

 

 

あの悪夢の1月から、1年弱。

あの8月から、まだ5ヶ月も経っていない。

なのに、もう解散するんですか。ほんとに解散するんですか。

確かにSMAPは、嵐とかNEWSとかみたいにメンバーの距離が近い仲良しこよしグループじゃないけれど、いざという時にはしっかり肩を組むチームでしょう。心地よい距離感を模索しながらつかんで、メンバー同士尊敬しあって一歩一歩歩んできたチームでしょう。なんで、こんなところで立ち止まって、繋いだ手を離しちゃったの。なんで、私たちの前からSMAPがいなくなるなんて選択肢を選んじゃったの。

今までどこか他人事で信じられなくてあまり落ち込んでいなかったのだけれど、タイムリミットが近づくにつれて、嫌だ嫌だと駄々をこねたくなっています。嫌だと思うが故にたくさん出てきた思い出たちを書き残してあわよくばSMAPが読んでくれないかなってそんな野望を抱いています。読んで考え直せばーーーか。

 

 

私が生まれたのは1997年。SMAPはもう既に人気アイドルだったし、森くんはオートレースの道に進んでいた。だけど、物心つく前から私はSMAPが大好きだった。SMAP大好き、慎吾ちゃん大好きな母親の影響で胎教からすべてSMAPだったのだからしょうがない。ア○パ○マンよりSMAPが好きで、早くSMAPが英語で書けるようになりたくて、だけどうまく書けなくて泣いていた。新曲の歌詞を覚えたくて、いつもひらがなだけの歌詞カードを母に書いてもらっていた。最初に書いてもらったのは『世界に一つだけの花』だった。手の振り付けも一生懸命に練習した。

初めてのコンサートはおそらく2000年。当時まだ3歳です。しかも母親の記憶が定かではなくもしかしたらその前のツアーに行っているかもしれないという情報すらあります。母は私を抱っこしながらコンサートを全力で楽しんでいたというのだから、母のパワフルさには感謝してもしきれません。

それからのコンサートツアーは全て参加。どのツアーにも思い出がつまりすぎていて、きっと今思い出せる全てをここに書いたとしても後から後から新たに思い出す。

飛行機が好きだったから、MIJのセットには大興奮だった。下からの風を受けて立ち上がる紙の人形が不思議でしょうがなかった。We are SMAP!の開演前にいた地球くんがちょっとだけ怖かった。モダスマのジャンクションが暗くて怪しい雰囲気で怖かった。国立の聖火台と夕陽が重なってとても綺麗だった。近くに座っただけの他のファンの人たちと仲良くなった。中居くんのソロでトイレに行った 。

こんなちいさい思い出がいくらでも出てくる。思い出せば出すほど、SMAPのコンサートに行きたくなって、もう行くことはないのかと悲しくなる。泣きたくなる。

 

 

私の好きなSMAP、もうちょっと書くよ。SMAPのメンバーは読んだら再結成のこと考えてください。ちゃんと考えてね。笑って誤魔化すのダメだからね。

 

 

木村くんはね、やっぱりとんでもないイイ男。

私が毎日SMAPのことばかり話すから、とスマスマを見てくれた幼稚園の先生が、「歌のコーナーのキムタクがかっこよかった!」と一夜にして木村担になった。

コンサートでひとたびファンサをすれば、ブロックの女の子全員が崩れ落ちる。「友達の付き添いで来ただけだから、SMAPあんまり詳しくないのよ」と話していた隣の席のお姉さんが、そのファンサにやられて、木村くんのうちわを買って帰った。

私は『GOOD LUCK』の新海元が大好きで、だから飛行機が好きなのかなってたまに思う。こんなイケメンパイロットに出会えるかもしれないと思って、CAとか整備士とか空港職員を目指そうと思ったこともある。木村くんの演じた役柄の職業に就きたくなる気持ち、分かるよ。美容師でもスポーツ選手でも検事でもなんでも、かっこいいんだもん。医者なんて楽しみしかない。楽しみにしてます。

 

つよちゃんはね、本当にサービス精神が旺盛で素敵な人。

見えなくてもいいやと思って、だけど見てくれたらいいなと思って、ウィアスマのとき、スタンドからリフトの上のつよちゃんに向かってチョナンカンのポーズを手で作った。遥か高いところにいるはずのつよちゃんは、それをちゃんと見つけてくれて同じポーズで返してくれた。ギフスマでも、ミスエスでも返してくれた。片手で作った指の形なんて、どれだけ小さいことか。それを見つけてくれるだけで嬉しいのに、同じポーズで返してくれるなんて、つよちゃん、どんだけ優しいの。

メンバーの中ではいじられることが多いつよちゃんだけど、努力する姿は尊敬の言葉しかないほどのストイックさを見せてくるし、役に入り込んだときの俳優、草彅剛は本当にかっこいい。ギフスマの『唐獅子牡丹』がかっこよくて私は大好き。

 

慎吾ちゃんはね、初恋の人。

幼稚園の帰りに天声慎吾のロケを見に行ったのが良い思い出。帰り道の自転車をかっ飛ばしてロケ現場に行ったら、テレビのまんまの慎吾ちゃんとキャイ~ンのふたりがいてびっくりしたのを覚えてる。カメラも止まってあとは車に乗り込めばいいだけなのに、慎吾ちゃんは母親たちとは握手を交わし、「しんごちゃんだいすき!」とアピールする私をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてニコッと笑ってくれた。暖かくて、本当に優しかった。

こんなことがあったからか、慎吾ちゃん大好きな母の影響か、幼稚園の頃の夢は「しんごちゃんのおよめさんになる」ことでした。この頃は、私が大人になるまで慎吾ちゃんが待っていてくれるか心配だったけれど、晴れて結婚できる年齢まで成長したので、迎えに来てくれるのを待っています。

 

中居くんはね、本当に優しい人。

「オレ潔癖だもん、人に触られんのヤダ。」

って言うけれど、たぶんそれは本当だけれど、ちゃんと私に手を伸ばしてくれた。

モダスマの外周トロッコでメンバーが回ってきたとき、周囲のおばちゃんの猛プッシュを受けて、当時小学生の私はスタンドの1番前まで行って、必死になって中居くんの乗るトロッコに手を伸ばした。(このへんのコンサートマナーは一旦忘れてください…今なら絶対やってない…)だけど、どんなに身を乗り出しても周りの大人の人たちと同じところまで行けなくて、私の手はどんなに伸ばしても届かないところにあった。これじゃあ中居くんには届かないな、と思っていたのに、中居くんは、スタンドの人たちとハイタッチをしながら回ってきて、私の何人か前のところで私のことを見つけると、トロッコの柵を握り直して、身を乗り出して、私の手をぎゅっと握ってくれた。びっくりして、たぶん固まっていたけれど、中居くんと目を合わせて笑うことはできた、と思う。

その後は周りのおばちゃんと私との握手会が始まって、何がなんだかわからないうちにコンサートが終わって、だけどお風呂に入るのが勿体なくて泣きそうになった。今でもあの時の温かかった中居くんの手はしっかり覚えてるよ。一生の自慢になりました。あのとき私を見つけてくれてありがとう。

 

吾郎ちゃんはね、私の心の拠り所。

ずっと慎吾ちゃんが好きだと思っていた私が、SMAPの中で1番を決めたら吾郎ちゃんのことが好きなんだと気付いたのは2008年位のことだったと思う。いじられても照れたように笑って、たまに怒ったフリをして、SMAPのバランスをずっととってきた吾郎ちゃん。本当に中間管理職のプロだよね。

スマスマの吾郎ちゃんもゴロデラの吾郎さんも俳優の稲垣吾郎も全部大好きだけど、私が一番好きなのはコンサートのときのアイドル吾郎ちゃん。どんなに踊れないと周りに言われても真剣に踊って歌って、そして私たちに見せる嬉しそうな笑顔が大好き。「吾郎のうちわが少ない!絶滅危惧種だ!」なんて言われるけど、顔うちわを持っただけの私にいつも気付いて、笑って手を振ってくれたり、ピースしてくれたり、吾郎ちゃんは絶滅危惧種に対してとても優しい。だからかな、ここ2つくらいのツアーは随分と数が増えた気がします。ミスエスのアリーナの一番後ろにいたら、トロッコで稲垣吾郎うちわを持った女子高生が、私と友人と二人いるのに気付いてくれて、目を合わせてダブルピースをしてくれた。吾郎ちゃんがあんまり優しい顔で、嬉しそうにするものだから、あんまり嬉しくて。トロッコが過ぎたあとで友人とふたり、抱き合ってちょっぴり泣いた。

こうしてもらったいくつもの笑顔を思い出す度に、私はまた踏み出せる。実習先で怒られて辛かった時に、ひとり小さく『はじまりのうた』を歌いながらこの時の吾郎ちゃんの顔を思い出した。いつも笑ってくれて、本当にありがとう。吾郎ちゃんの笑顔を見るだけで、私はとっても幸せな気分になれるから。

 

 

次のツアーには、何を着ていこうか考えていた。ミスエスの時は本当に学校帰りの制服そのままだったから、今度はいちばんのお気に入りになるようなワンピースを新調してちょっとでも可愛くなって行こうと思ってた。

 

「2つも会報いらない!」と母に言われて、実家にいては入れさせてもらえなかったSMAPのファンクラブに一人暮らししたら入ろうと思ってた。今度は私の名前の入ったチケットで、母を連れて行きたかった。

 

私の母がそうしてくれたように、自分の子どもにはたくさんSMAPを見せて、聞かせて、コンサートにも連れて行って、共通の好きなものにしたかった。喧嘩しても娘が反抗期でも、SMAPはそっと間に入って話題をくれた。自然と仲直りさせてくれた。

 

私は、今年いっぱいで解散することは、ここまで来たら仕方ないと思ってる。大人の事情なのか、本当に本人たちの意志なのか、誰かの思惑なのか、解散に至った本当の理由は私には分からないけど、今更撤回なんて出来るものじゃないのは分かる。でも、だからと言って私がSMAPを諦めたわけじゃない。1年後なのか、5年後なのか、10年後なのか、『SMAP再結成』の記事を見るまでは絶対にSMAPを諦めない。ちゃんちゃんこ着て、杖持って、全然踊れねーなって笑うおじいちゃんSMAPを見たい。踊りなんて揃ってなくても、歌詞を全然覚えてなくても、SMAPがいれば楽しいコンサートになるから。きっとその頃には私も女の子なんて年齢じゃないけど、私が見てきたたくさんのファンがそうだったように、SMAPに会うその日だけは、女の子になってSMAPに会いたい。

それまでは、SMAPのメンバーそれぞれをしっかり応援していくから。ちゃんとついていくから。

 

いつか絶対、ステージに帰ってきてください。

 

草々